創作の行き先を考える
社会に生きる中で、ものを生み出し生きるつくり手は、その活動で生活していくための事業が成長した先で、やがて何に時間を使うようになるのでしょうか。
例えば今自分の手元にある衣服をつくる活動で考えれば、産業に定着するセオリーかつマジョリティとして、コンスタントにプロダクトを発表し、ブランド価値を育て、流通と販売の規模を広げていく道があります。
この道を進み成長し、ある到達点まで進むには、制作・創作とともに、生産や販売、人や資金をコントロールし動かす事業として必要不可欠なさまざまな周辺の仕事も必然的に増えていきます。
その体制が整い規模が拡大していくことで、自由な表現の可能性を広げることもあれば、事業を維持するために、合理性のもと必然的に生まれてくる仕事が、制作の内容や時間配分を制約のような形で変えていくこともあります。
自ら選び、進む道の中で求められる変化や成長の先に、つくり手としてどのような日々が待っているのかは、売上や知名度のような後からついてくるものたちとは別に考えておく必要があり、そこまでひっくるめて、個人としても組織としてもデザインすることがクリエイターやデザイナー、アーティストと呼ばれるような人たちには求められます。
自分が屋号を建てた活動の中で、企画制作から販売までを一年ほど一人で担うなか、気になり始めたのは、その行き先でした。
自分の場合、つくり手として目指しているのは、自らの視座と思索の末に形になる、手仕事による一点物を制作し、一点ごとの表現や背景、モノとしてそのものに価値を認めてくださる方達へ届け続けること。その制作を軸に生活していけるだけの価格で届け続けることも、もちろん目標に含まれます。
衣服制作を通してその目標に進む中、その活動体は当たり前にファッションブランドとして体裁を整えてきました。1年と少し継続した今、事業が拡大していく未来を思い描くと、望んでいる制作の日々と、そこで求められる仕事がフィットしない。デザイナー/メイカーとして、特に日本のファッション業界の中で成長を望み続けることは、構造と、具体的な到達像に限界とそもそもの文脈の違いを感じます。
事実、リアルな話で一着の制作に使える時間は、価格や販売できる数量と無関係ではありません。もし、多くの時間をかけた一点物だけで必要な収入に届かなければ、ほかのプロダクトや仕事で補いながら継続していくことが求められます。
それ自体はよくある下積みのような制作を支える方法論であり、クリエイションとビジネスの両立において、求められるものと作りたいものを折り合いをつけながら活動していくことは実際に多くのアーティストやデザイナーが体験している事実です。
元々は売上を補うために始めた仕事の方が評価され始めれば、そちらに合わせて活動の配分も変化します。個々の判断には理由があっても、ふと顔を上げれば、その積み重ねが当初望んでいた制作や創作活動を遠ざける可能性も十分にありますし、人として求められることに歯向かうことの苦しみや、経済性に見向きもしないような振る舞いは、社会に生きる人間として決して楽なものでもなく生半可な覚悟でできるものではない。
もちろん、ファッションにおける創作の中にも多様な営みがあります。オリジナルの事業体として成長し、規模を広げることで、自分ひとりでは実現できなかった表現が可能になる場合もあります。ただ、自身の今の活動から想像しうる成長の道筋には、多くのトップブランドも行き着いている、経済合理性の元の大量生産がどうしても拭いきれません。
はたしてそれを望んでいるのか。衣服の寿命を伸ばすため、その結果に繋げるために手を動かし始めた自分の活動は、業界構造の外圧と経済性に抗えずにそこに帰結する形に適応して活動を続けていくのか。自分の場合、特に衣服を媒介してこれをすることに対しては、できる限り抗いたいと思っています。
一度リラックスして考え、自らの目標とファッションデザイナーとしてのありがちな行き先との食い違いを徐々に体感してきました。分野が衣服だからファッション業界に身を投じたが、自分のやりたいことと違ったから業界構造ごと異を唱える革命児になるようなことなのか?
少しずつでもレールに乗せられつつあるところを、手放し、他に身を委ね、切磋琢磨し、その後に立っている自分に判断を仰いだっていいとすら思っています。
例えばアートの世界へ進むとして、同じプロダクトで分野の呼び方を変えるだけで、急に高い価格が簡単に成立するわけではありません。何に価値を認める人へ、どのような場を通して届けるのか。自分が個人として十分に手が回らずにいる、作品の価値を伝え、取引を支え、次の制作へつなぐ仕事は、そこにも必要です。
だからこそ、個人の活動をしている人間は、まずは作品だけでなく、それを継続的に生み出している現場の仕組みを知る必要があるのかもしれません。制作の理想と、予算や納期が折り合わないとき、何を優先するのか。組織の中で制作、販売、運営を異なる人が担うとき、どこまでを共有し、どこからを任せるのか。創作と事業が継続して両立しているという世間に露出する結果の内側には、こうした日々の判断がある。
制作を始めた当初、事業を続けるための知識は全く十分ではありませんでした。資金や販売の問題にも多く直面し、後追いで必要なことを知り間に合わせる場面もありました。その経験を踏まえると、今の活動を自分の腕力で拡大するチャレンジをする前に、異なる専門性を持つ人たちと協働し、判断や役割の分け方を経験する時間には、大きな意味を見出します。
もう一つ考えていたのは、チャンスやきっかけの待ち方です。独立してから、自分のスタジオで制作し、それを発信し、時間を使える限り多くの人に会いに行きました。それでもどうしても、次の展開や大きな飛躍のきっかけは、誰かの反応や、いつ訪れるかもわからない、何かの機会に委ねている感覚が残ります。
頭も体も使い行動する一方で、結局は何かが起こるのを待っている。いつかその機会が来るまで体制を保つことを、どこまで続けるのかという問題は、多くの広義なアーティストが内包している課題なのではないでしょうか。
環境を変えることは、停滞感や確約のない道を進む不安が渦巻くこの状態を自分の判断で動かす明快な方法の一つです。関わる人も、担う仕事も、日々求められる基準も変わります。自分だけで決められる範囲が減ることも含めて、別の方法論に触れることになります。
環境がどれほど合うかも、そこで何を得られるかも、何が楽しくて何が苦しいのかも、どうしても外からは理解し切ることはできないけど、もし現在の活動がまだ発展途上にあり、方向を変えられる余白のある身軽な状態なら、その経験を蓄積しにいく方向転換も有効な判断だと思います。
その選択をすれば、本業として一本でやっていく環境に比べれば、個人の制作ペースは遅くなります。それでも、創作をあくまでも内的な表現欲求の具体化として、ライフワークとして続いていくものとして捉えれば、現在の創作速度や事業の形は柔軟に変えられますし、その方がもしかしたら自然なのかもしれません。
ものをつくり、生活するという行為は、全く単純ではなく、複数の分野にまたがっていて、衣服から始めた制作にも、届ける文脈や働く場所を選び直す余白を見出せる。
衣服だからという理由で無意識的にファッション界に入り、業界の構造の中の最も経済合理的なシステムに乗らざるを得なくなる前に、自らの進む道を判断する基準に置きたいのは、選んだその先の未来で、どのような制作・創作を続けて暮らしているのか、ということでしかないのかもしれない。